<異なる世界への旅立ち(夜明け前)>

 閉店してしばらく経った深夜の喫茶店は、最低限の明かりだけが灯されている
だけで営業している時間とは全く異なる趣を見せる。
ここは"ブリタニア"と呼ばれる世界、今これを書いている"アデン"とは
全く無関係の世界だ。

 ここには「私」の全てがあった。喫茶店も「私」が店主を勤める「居場所」であり、
苦楽を共にしてきた仲間もいる。
今はもう剣を持つこともなく平穏な日々を送ってきた「私」にある日、
友人がこんな提案をしてきた。
「異なる世界へ旅立たないか?君に一緒に来てほしいんだ」
これは私の中の忘れかけていた「冒険者」の魂にはあまりにも甘美なささやきだった。
 いつしかその友人の話に引き込まれた私だったが、
「3日後の夜に意思を確認するから、ゆっくり考えて結論を聞かせてほしい」
と言い残して友人は帰宅してしまった。
それ以来、「全く異なる冒険への好奇心」と「平穏な生活を望む心」が「私」の中で
果てしない戦いを繰り返すことになった。

 そして約束の夜、同じように提案された数人が私の喫茶店に集まった・・・というのが今の状況だ。
「・・・それで、行く気になったかい、みんな?」
薄暗い明かりの中に数人の人影に向かってあの友人の声が問いかける。
このとき、私はまだ"ブリタニア"とは異なる世界への旅をすべきか悩んでいた。
しかし、私の口は私の意思よりも単純明快に即答してしまった。
「いいでしょう、向こう(アデン)の世界で会いましょう」
自分でも驚いたが言ってしまったからには後には退けない。
さっさと椅子から立ち上がると地球へ戻るルーン(力の言葉)を唱えた。
「先に行ってるわ、またね。」
残った人たちにそう告げてブリタニアの世界から姿を消した。

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 ブリタニアの世界から「地球」にもどってきた私は一息ついた後、
おもむろにブリタニアの「私」になるときとは異なるルーンを唱えた。
(説明し忘れてました。"ブリタニア"の世界にせよ、"アデン"の世界にせよ、
地球で生活する自分が"本体"で、それぞれの世界での"分身"に憑依することで
異なる世界における「私」を存在させています)
ルーンが完成すると眩暈を起こしたように自分の視界がみるみる歪んでいく。
すっかり慣れたはずなのだが今日だけは違っていた。
「これが"新しい世界"へのファーストコンタクト・・・」

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 暗黒に支配された視界が明けるとそこは小さい石の御堂のような場所だった。
四方に大きく口が開いていて、ちょうど昼間だったこともあって暗さはない。
明るさに目がなれるまでしばらく時間がかかったが、どうやら外はなぜか水に
よって満たされた人工の池のようだ。
 そして少し離れたところに見えたのは身の丈の何百倍の高さに及ぶ巨大な樹
−後で「世界樹」だと教えられたが−
がその堂々たる姿をみせていた。水はどうやらその樹を守るためのものらしい。
 自分の腰につけられていたバックを開くと簡単な防具と武器になるであろう
ワンドが入っていた(布製なので防具というにはさびしいけど)。
ワンドに書かれた文字−見たことがない文字だが何故か読むことができた−
には自分のこの世界における名前「Air Mars(エア・マルス)」が刻まれていた。

「名前はなれないうちは大変だなぁ・・・、でも慣れちゃえばいいんだしね」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
そして・・・小さな御堂から足を踏み出した。水の冷たさを足に感じながら。

これが、これから書き記す物語の始まりである。

(続く)

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